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パスカルの症例

ウルム大学付属病院所属のエリー・キルヒナー看護師とハイディ・バウダーミスバッハ女史がまとめたVAT®の症例をご紹介いたします。患者さんは、HLHと診断された15歳のパスカルです。

 

2011年当時から時間が経っていますが、VAT®をもう少し詳しく知っていただきたく、またセルフコントロール・アセスメントのための評価チャートMOTPA(VAP/教科書のモジュール3参照)を臨床で生かした具体例として、掲載することにいたしました。

尚、ハイディ・バウダー・ミスバッハ女史の了解を得て、原文からの一部抜粋です。

Viv-Arte®トレーニングプログラム(VAT®)を応用した早期介入

ウルム大学病院小児科クリニック 血液・腫瘍病棟の症例

“プロフェッショナルなケアは、要介護状態の回避にどのような影響を及ぼしうるか?”

はじめに

ドイツには、通常診療提供病院と最大診療提供病院の区分がある。大学病院はほとんどが最大診療提供病院であり、先端医療を提供する(Tecklenburg 2010)。大学病院は、先端医療、ハイテク医療、学問、革新的開発のためのセンターであり、このアプローチにおいて看護ケアはむしろ従属的な役割を果たしている。患者やその家族がこれら先端医療の中核施設を訪れると、通常、複雑で難解な診断に直面する。彼らは完全に回復することを期待してこれらの施設に足を運ぶ。誰もが、ケアに依存するようにはなりたくないと思っている。

  1. ケアの専門性を欠いても、先端医療を実施し成果をあげることはできるか?

  2. ケア・アセスメントから、必要な行為だけでなく、目的に適った介入を導き出せないものか?

  3. 集中治療において早期介入し、ケア・介護への依存を回避あるいは軽減できないか?

患者と診断

パスカルは15歳、彼と母親がたどってきた人生のこれまでの日々には心を打たれる。2008年2月、パスカルの健康問題は、頭痛にまつわるさまざまな話、運動失調様の歩様、曖昧な言葉遣い、過眠傾向によって始まる。2008年8月には不快症状がさらに増えていく。複数のクリニックで実施されたさまざまな治療(何よりもコルチゾンの高用量投与)からは、期待した効果は得られず。パスカルは情緒不安定になり、躁と鬱を周期的に繰り返す。水頭症も発症し、EVD治療を受ける。

2010年5月には敗血症性の発熱、血液像の変化、リンパ節に著しい腫れが見られる。

2010年7月、血球貪食細胞性リンパ組織球症(HLH)と診断される。

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パスカルは、ウルム大学病院小児科クリニックに入院する。

最初はデキサメタゾン、免疫グロブリン、シクロスポリンで治療が行われる。

2010年12月、幹細胞移植施行。GVHD、感染症、粘膜出血、痙縮、神経障害、器質性精神症候群など多くの併存疾患のため、パスカルはさらに衰弱する。

写真1:2010年11月30日

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最先端医療で可能な限りの診断、治療、ケアが提供されたことは、二人のその後の運命を左右し重要であった。

複合治療はパスカルの身体、精神、社会面に深刻な影響を及ぼし、日々のケア介入は困難を極めた。

写真2:2011年12月21日

毎日の体重測定といった重要な臨床パラメータの取得には強い痛みが伴い、医療および看護にかかる負荷は高くならざるを得なかった。疼痛の原因は主として既往症と薬物治療に起因する重度の神経障害であり、パスカルは激痛で身体を動かすことができず、また動かされたがらず、本人も母親も絶望していた:

*... "化学療法と幹細胞移植を終えたある時点で、パスカルはもはやケアできない状態でした。何週間も続いた寝たきりの状態と化学療法の強い副作用のため、どんな小さな動き(スプーンを持つ、片手を動かすなど)さえできなくなっていました。激しい神経性疼痛、そして腕や脚の腱の短縮に苦しんでいました。足や足指にシーツが触れるだけでも激痛が走るようになりました。かなり前から、理学療法は許容しなくなっていました」...。

* ターニヤ・エールハフ(Tanja Oelhaf)、 パスカルの母

この先、どうすればよいのか? 看護チームは、VAT®の責任者であるエリー・キルヒナー(Elli Kirchner)に最初のカウンセリングを依頼する。

VIV-ARTE®トレーニング・コンセプト(VAT®) ―  早期介入のためのコンセプト

Move People – Give Perspectives。このスローガンは、重い疾患をもつ人の動きの維持・改善を目指すことを表現している。

重い疾患をもつ一人一人に合わせた動きの維持・改善は、開始時に細部にわたって行われる評価(Viv-Arte®動きの診断)に基づいて実施される。

機能低下(日常生活動作でみられるセルフコントロール低下のレベル)およびセルフコントロールに影響を及ぼしているすべての条件要素が評価される。その結果に基づき、クライアントの現在の主要問題に応じて、その個人に必要な対策が導き出されることになる。VAT®による動きの維持・改善は、それを目的とする介入として日常ケアとは別枠で行われ、専門教育をうけた看護師が実施する。VAT®の構成は、

  1. マニュアル・セラピー:対象の身体領域のすべての関節を統合しながら受動的に動かし、マッサージで補完する。凝りをほぐし、筋トーヌスを活性化し、身体意識を刺激する。1回のセッションは45~60分。

  2. 体操:姿勢と柔軟性をバランスよくトレーニングすることは、良好な協調運動、筋張力の改善や代謝を促すための基本である。

  3. 機能トレーニング:クライエントが身体のコントロールや機能を再学習できるよう、体系的にサポートする。機能トレーニングの対象者は、日常生活動作をすでに補助具や介助者に依存しているクライエントになる。

この革新的プログラムは、化学療法の副作用として頻繁にみられる多発神経障害(PNP)の症状を治療するために、ウルムの大学病院においてViv-Arte®によって開発された。基本となるViv-Arte®学習モデルは、可動性に制限のあるケース別に動きを維持・改善するための行為と戦略を策定するためのツールである。動きの維持・改善は、クライエントと介助者とが継続的に相互学習するプロセスとして設計されている。

機能面からみた可動性の推移は、各条件要素の変化およびそこから導き出される対策によって視覚化され、再現可能である。看護と医学との実効性のともなう学際的協力、また骨髄移植病棟とその後のフォローアップ病棟のそれぞれでVAT®看護師がパスカルと母親と一緒に動きの維持・改善について学習していくというプロセスが功を奏して、パスカルは機能面の可動性を部分的に回復し、QOLを取り戻し、母親はあらためて希望を持てるまでになった。

ドイツのホセ・カレーラス白血病財団の助成を受けた研究(2010年~2013年)によって、QOL、移動性、参加およびセルフケアの各スキルについて、本プログラムの有効性がウルム大学病院において検証されている。

このプログラムに参加するクライエントは、動きの維持・改善だけでなく、クライエントと介助者と家族との相互学習プロセスの同時双方向的インタラクションからも恩恵を得ることになる。VAT®の各セッションではクライアントや家族と話し合う機会も多く、信頼関係の構築につながっている。

 

既存の機能障害がある場合、VAT®は、VIV-ARTE®ケアコンセプト(VAP)によって補完される。VIV-ARTE®ケアコンセプト(VAP)を用いた対策は日常の看護介入に組み込まれ、資格を有するVAP看護師、または特定のケースに応じて特別指導を受けた看護師および家族介助者によって行われる。

2011年1月20日 VAT®介入開始時の記録

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パスカルを苦しめているのは、治療に伴うさまざまな作用と合併症である。体位・姿勢変換をほとんど許容せず、ケアすることはほぼ不可能に近い。恐怖心や言葉にできないほどの疼痛があり、ますます引きこもりつつある。拘縮の発症がみられ、皮膚にもさまざまな問題(乾燥、極端に外旋した足肢位によるくるぶしの発赤)が生じつつある。

写真3:2011年1月5日

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写真4:2011年1月14日

小児科クリニックの骨髄移植(KMT)病棟所属の看護師フロリアンは、ウルム大学病院のVAT®責任者エリー・キルヒナーの支援を要請する。

 

2011年1月20日、

エリー・キルヒナーの初回訪問

VAT®看護師は、初回訪問時にクライエントとその家族、看護師、担当医、理学療法士と現在の状況や問題点に関する話し合いをもつ。

クライアントとその家族の視点からの問題点の説明に重点がおかれる。初めてのマニュアル・セラピー・セッションを行った後、続けて各体位および個別の体位変換ごとにセルフコントロールのレベルをテストし、またセルフコントロールに制限がみられる場合には、主たる条件要素を確認する。

2011年1月20日、エリーはパスカルを初めて訪問する。機能範囲および影響している条件要素のアセスメントの実施(表5)は非常に困難であった。鎮痛剤を服用しているにもかかわらず触覚痛があまりに強く、マニュアル・セラピーはかなり限定的にしか実施できない。母親のターニヤが、忍耐強く繰り返し、痛みからパスカルの気をそらそうとしてサポートする。パスカルの主要問題は重度のニューロパチーと推察する。大きな動きになると痙縮が起こる。医学的には、疼痛治療、リリカ、抗うつ剤による治療が行われている。その結果生じた疼痛、知覚障害、コルチゾン・ミオパチーおよび頻繁な発熱の発作によってパスカルは全身が衰弱し、もはや動くことができず、ほとんど動かすこともできない。

唯一実施できる体位変換は、ベッド上の上方移動だけである。2〜3人の看護師が全介助でサポートしなければならず、非常に長い時間を要する。初めてのコンサルティングの最後に見えた一筋の光:体位保持用品を減らしても、パスカルはよりフラットな仰臥位を許容するようになっている。

問題は山積していても、パスカルとターニヤは、今後、相談相手がほぼ毎日そばにいてくれると知って喜ぶ。パスカルが移動性を取り戻すことは容易ではなく、関係者全員の多くの力と勇気と忍耐が必要となることは誰もが認識している。

病棟の看護スタッフと医療チームは、パスカルに今後定期的なサポートが入ることを喜んでいる。

エリーは初回の診断表を作成し、目標として様々な臥位を取らせることと痙縮を薬の使用で抑えることした上で、一週間目の進め方をを計画した。

VAT®の枠組みに従って、ジピドールの事前投与後、エリーは毎日40分のマニュアル・セラピーを行うことになる。また、1週間目の機能トレーニングは、ベッド上の上方移動、回転して側臥位になる、フラットな仰臥位になることに限定した。

経過:

鎮痛剤を先行投与しても、日々のマニュアル・セラピーの実施は難しい。パスカルの気を何度も紛らわさなければならない。ターニヤはできる限りサポートしてくれている。

パスカルからは、体位交換のときに実施する受動的な運動生理学に基づく自然な動きには、さしたる熱意が見られない。少しの説得と気をそらすことで、気を取り直しては頑張ってくれる。

一日中パスカルと過ごしているターニヤと病棟の看護師たちは、二人一組でパスカルを歩行様移動で受動的にベッド上を上方移動させる方法を教わる。

このようにして、24時間の間に頻繁に必要となる一連の動きの流れが部分的動きとさらに組み合わされて、身体意識、代謝、関節や筋肉に有益なものとして実施される。

対策は功を奏し、1週間後、パスカルは仰臥位でフラットに寝られるようになり、膝関節と足関節に少しサポートを必要とするだけになる。

彼のお気に入りの就寝時体位は右側臥位、すでに1時間許容できる。

側臥位への回転運動、ベッド上の上方移動、マニュアル・セラピーには、まだ強い痛みが伴う。触覚過敏はやや軽減されてきている。フラットな仰臥位は十分許容する。

​点数

40

6

5

5

6

6

6

6

2011年1月20日 人の機能

2011年1月20日 各体位にとどまれる時間

フラットな仰臥位 不可

右側臥位3 分

左側臥位3 分

腹臥位 不可

車いす座位 不可

自力端座位 不可

立位不可

2011年1月20日 体位のセルフコントロール

側臥位にとどまる 介助者の全介助

両肘で支える腹臥位 介助者の全介助

車いす座位 介助者の全介助

端座位 介助者の全介助

立位 介助者の全介助

30

6

6

6

6

6

2011年1月20日 移動のセルフコントロール

側臥位への回転運動 介助者の全介助

ベッド上の上方移動 介助者の全介助

側臥位から端座位への起き上がり 実施不可

前方への座位移動 実施不可

立ち上がり 実施不可

立位で回る 実施不可

立位から座位へ 実施不可

座位から側臥位へ 実施不可

歩行 実施不可

54

6

5

5

6

6

6

6

6

6

46

6

4

6

6

6

6

6

6

2011年1月20日 インタラクション:疼痛スケール評価

体位交換時の疼痛 疼痛スケール 10

安息時疼痛 疼痛スケール6,9

感覚異常 疼痛スケール 10

パレステジー 疼痛スケール10

動くことへの不安感 疼痛スケール 10

身体意識 疼痛スケール10

リラックスの選択肢 疼痛スケール 10

鎮痛剤 強オピオイド鎮痛剤

2011年1月20日 機能解剖 

43

股関節内旋40%

4

膝関節伸展60%

3

膝関節屈曲40%

4

肩 伸展40%

4

肘 伸展40%

4

ハムストリングス 短縮40%

4

筋トーヌスの低下 大きく逸脱

6

筋肉量 中程度の逸脱

4

皮膚の乾燥 大きく逸脱

6

痙縮 中程度の逸脱

4

2011年1月20日 人の動き

58

バランス 不十分

6

両手の巧緻運動機能 十分

5

両足の巧緻運動機能 不十分

6

安定条件下の回転運動の協調性 確実&有効に行えず

6

安定条件下の上方移動 確実&有効に行えず

6

安定条件下の端座位への起き上がり 確実&有効に行えず

6

安定条件下の立ち上がり 確実&有効に行えず

6

安定条件下の立位 確実&有効に行えず

6

入院前の歩数 1000歩以下

6

現在の歩数  1000歩以下

6

2011年1月20日 努力

23

すべての動きで見られる筋肉のふるえ

6

循環動態 +/- 20

2

呼吸調節 困難

3

チェア・ライジング・テスト 実施不可

6

エクササイズ 実施不可

6

2011年1月20日 環境 

38

ライン類 5本以上

6

補助具、体位保持用 5個以上

6

補助具、移動用 1つ

2

補助具、ADL 5個以上

6

車いすの調整 20% およびそれ以下

6

一人目の介助者 24時間で治療看護を除いて3時間以上

6

その他介護者たち 24時間で治療看護を除いて40分以上

6

2011年1月20日 

合計

328

表 5:2011年1月20日 初回の診断表

6が最も悪い評価。合計した数字によって、クライエントの介助依存度の増減が記録される。詳しくはVAP教科書のモジュール3/MOTPA評価チャートなど参照。

2011年1月28日〜2月18日、介入の計画と実施

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毎朝の体重測定は関係者全員にとっての試練であり、3人でパスカルをベッドから持ち上げて体重計にのせる。そのときの痛みは、彼にとって耐え難いものである。そこでエリー、パスカルとターニヤは、今後の目標として、端座位への起き上がりと受動的な立位移乗に取り組むことにする。

 

両脚のマニュアル・セラピーは疼痛だけのためではなく、両足を協調して動かすことができず、また両脚を保持することもできないので、絶対に集中的に継続されなければならない。

写真6:2011年1月27日

パスカルを初めて側臥位から座位へ動かそうと何回か試してみるが、関係者全員にとってかなり残酷なことになる。エリーは2月6日に私とアポを取り、体位変換のための解決策を一緒に模索することになる。

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2011年2月6日、パスカルのことを知るために今日は私がマニュアル・セラピーを行い、エリーがパスカルの気を紛らわす。両脚は相変わらず触覚過敏が顕著である。明らかな硬変が感じとれて、皮膚はとても乾燥し、足は血行不良で冷たい。両膝を立てようとするだけで痛む。パスカルにとって、側臥位は寝心地がよさそうだ。

写真7:側臥位でウォームアップ

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端座位へ起き上がるとき、そして座位は、腰部や脚が痛くなるので恐いと言う。準備として、側臥位で体幹に円運動を使ったウォームアップを行うことにする。体幹はひどく硬直していて動かないように感じられる。

 

端座位で、パスカルの両脚と背中が激しく痛む。それでも、私たちはこのまま続けて立位まで動いて、少なくとも今後体重計に乗るときの選択肢を示そうと思う。

写真8:端座位

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ベッドに戻ったパスカルがまず必要としたのは時間であり、泣く。痛み、恐怖、自分が動けないことを体験する......一度にいろいろあり過ぎた。それでもパスカルが快適にそのまま寝ていられるためには、まだベッド上の上方移動が必要である。パスカルが怖がって私の背中につかまろうとするので、その場で受動的から部分能動的な動きに切り替える。これは上手くいき、どのようにしたら協力できるかをパスカルはすぐに覚える。

写真9:開始時の体位を整える

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エリーは今後数日かけて、ターニヤと看護師たちに、部分能動的なベッド上の上方移動の動きの援助を指導する。

 

パスカルとはしばらくの間一緒に、部分能動的なベッド上の上方移動、部分能動的に回転して側臥位になる、受動的な端座位への起き上がりと立ち上がりをそれぞれ練習する計画である。マニュアル・セラピーはこれまで同様に継続する。

写真10:立ち上がり

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パスカルの両脚の問題は、相変わらず体重計や車椅子への移乗のかなりの妨げになっている。それでも、今では車いすを使って屋外に出る機会を多くもつようにしている。痛みが出てくるので、車椅子に座る時間はまだ限られている。移乗や座位のストレスと緊張に立ち向かうためには、パスカルは多くの動機付けを必要としている。

写真11:車いすで初めての外出

2011年2月19日〜24日、介入の計画と実施

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エリーから、またパスカルと一緒の時間を取ってくれるよう依頼される。2月19日に彼の病室で待ち合わせる。

部屋に入ると、明るく楽しい雰囲気。ウォームアップをすると、両足が柔らかくなっていて、触覚過敏が以前ほどでは無いことに気がつく。

写真12:2011年2月19日

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今日は、試しにパスカルを腹臥位にしようと計画。

表向きはハムストリングスのストレッチということにして、軽くマッサージすることも約束する。いつものように、何か新しいことを試すとなるとパスカルは不安になる。エリーは食べ物の話や美味しいものを持ってくるからと約束して、パスカルの気をそらす。

写真13:ウォームアップ腹臥位

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回転運動は当初考えていたほどではなかったが、腹臥位にとどまることは難しい。下腿を完全に下ろすことができないので、135度に戻さなければならない。エクササイズをいくつか行って右脚はもっと伸ばせるようになるが、それでも短時間だけ。仰臥位に戻ると、パスカルは初めて膝を立てた脚をほぼ自力で保持することができる。この小さな成功の後、パスカルは自分の好きな体位の右側臥位でしか休もうとしない。

写真14:膝を立て、保持する

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2月23日、以下の目標を達成。パスカルは、側臥位と座位については部分的に自立して保持することができる。回転運動、ベッド上の上方移動、端座位への起き上がり、前方への座位移動は、介助者一人が部分的に肩代わりするだけで足りる。右側臥位は、もう本当に安楽。両膝を立てて保持するのにはまだかなり努力を要するが、最小限の援助で可能。

写真15:安楽な右側臥位

2011年2月24日~3月21日、介入の計画と実施

アドバイザー養成課程の受講者一人と一緒に、3日連続でパスカルに関わる機会をもつ。パスカルは、今ではすべての体位変換で上手に協力してくれる。ベッド上の上方移動と端座位への起き上がりの動きに関しては、身体の緊張の調整にとても苦労している。息を止め、頸部の緊張をすごく高める。

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座位ではひどい腰痛、立位では脚の痛みを訴える。この3日間は、両脚のマニュアル・セラピーに続けて両脚の筋力と協調性をトレーニングする。それ以降は、身体の緊張を連続的に強め・弱めていくことを集中的に練習し、同じテーマでベッド上の上方移動の機能に取り組んでいくつもりである。

写真16:抵抗に対する動き

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車椅子へ移乗するときにまた激しい痛みに襲われ、パスカルはすぐベッドに戻ることにする。

翌日は、ベッド上で、両脚を使った多くの能動的な動きを練習しなければならない。パスカルは、いまでは何の問題もなく両脚を保持することができる。ターニヤと私とで説得力を駆使し、今日はきちんと服を着ることをパスカルに納得させる。

写真17:片脚を保持する – 問題なし

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ターニヤとしては、パスカルにもっと簡単に服を着せる方法を学びたい。今日は車いすへの移乗が素晴らしくうまくいき、パスカルもよく手伝ってくれて、車いすの座り心地を自分で調整しようとする。そのとき下着がずれてしまい、これがまたひどく痛い。私から、それが理由で感覚のある車いす利用者は普通はパンツをはかないと彼に説明して、笑わせる。パスカルは初めて、車いすで食事を摂ることにする。

写真 18:車いすで食事

パスカルとのトレーニングセッション後、ターニヤには授業に同行してもらい、動ききそのもの、そして動くときに何が大切かということを自分で体験してもらう。

2011年2月29日〜3月28日、介入の計画と実施

パスカルは、もっと能動的に動くには力が足りない。座位では背部と脚の疼痛がまだ強い。さらに、ハムストリングスが短縮していて、上体を起こす妨げになっている。

 

次のフェーズでは、重点的に臥位から座位まで能動的に体位交換するトレーニングを計画する。パスカルのモチベーションを上げるために、エリーはご褒美付きのポイントシステムを計画。マニュアル・セラピーは継続する。非常にゆっくりとではあるが着実に痛みは軽減している。腕力を鍛えるために、パスカルにセラバンドを渡す。

 

海外にいるので、エリーはメールで経過を知らせてくれる。

2011年3月5日、パスカルの体調はとても、とても悪い。高熱が出て、心身共に完全に限界に達している。母親も同様。非常に危うい状況、様子を見守ることに。

2011年3月7日、 パスカルは回復してきている。

 

2011年3月8日、奇跡がおきる、パスカルは一人でベッド上を上方移動、しかもあっという間に。笑うしかない。彼はこれについては満点の32ポイントを達成。すでにほぼ一人で両膝を立てることができていて、あともう少し。ポイント数は、毎日交渉される。ポイントを集めることがパスカルには楽しく、ただいつもズルをしようとするのを止めない、本当に愉快。回転運動についてもほぼ満点に達しているが、左方向への回転は未達成、これについて彼は絶えず私と交渉する。

2011年3月9日、今日は彼を腹臥位にしてストレッチをする。とても上手くいくが、いまでも痛みを伴う。戻るときの回転運動はほとんど一人でできる。端座位への起き上がりは素晴らしかった!

2011年3月22日~31日、介入の計画と実施  

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3月22日、私はまたパスカルの元へ。立位になるとまだ激しい痛みがあり、きちんと上体を起こせない。自立して行える体位変換のときにパラレルに動き過ぎるのと、急に力を強めて動くので、痛みを伴う。この段階で重点をおくトレーニングは、2人の介助者と一緒に行う立位と歩行とになる。マニュアル・セラピーは週5回で継続する。

写真19:腰部と膝のストレッチ

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腹臥位は今では少し安楽になり、下腿は伸ばせるようになってきたが、まだ痛む。能動的な立位や歩行の準備として、ここで柔軟性がさらに最適化されなければならない。

写真20:側臥位を忘れてない?

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いまでは、自立して行う体位変換が正しく実施された場合にだけポイントがつく。自立した体位変換としては、新たに車いすへの自立移乗にも取り組んでいる。

 

エリーと私とで一緒に立位トレーニングを行うことにして、3月24日にスケジュールを入れる。

写真21:パラレルな前方への座位移動?

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マニュアル・セラピー後、パスカルは側臥位から座位まで自立して動く。彼の立位トレーニングに対する意欲は限定的、ここでポイント交渉が始まる。立ち上がるとき、パスカルは私たちにしっかり支えてもらわないとならない。

写真22:ポイントの交渉

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立位になり、上体を起こしていくときに痛みがでて不完全。両脚がまた激しく痛み、膝の伸展と股関節の伸展は不完全である。体幹を起こしていくが、彼が両腕で強く支持し、私たちが両側から骨盤を支えないと上手くできない。

 

自分がエリーよりどれだけ背が高いかに気がついたパスカルは、大喜び。3人で大笑いして、またすぐ座らなければならなくなる。

写真23:上体を起こし、立位を保持

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パスカルは説得されてさらに2回立ち上がってみるが、すぐに疲れて痛みが増して、やる度に上手くいかなくなる。立位になっても、バランスをとったり平衡を見極める感覚もほとんど身についていない。また横になる。パスカルはかなり落ち込んでいる様子 ― もっと上手くできるはずだと想像していた。

 

短い休養期間を入れ、3月27日に立ち上がりと立位のトレーニングを再開することにする。できれば次回はもう少しきちんとした服装で。成果を出すためには、粘り強いトレーニングあるのみ。

写真24:笑いすぎて、みんな立っていられなかった

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3月27日:一人でこんなに上手に座れるようになって!  私が靴を履かせている間に、彼は難なくジャケットの前を閉めながらエリーとポイント交渉ができる。靴を履くときにはまだ少し痛むのに、今回はまったく気がつかない。両足の触覚過敏はさらに治まってきている。

写真25:自力座位で行う複合機能も、簡単にできるようになった

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エリーは立ち上がり5回を提案、パスカルは提示された1回当たりのポイント数に納得せず。そんなこんなを議論して、開始までに時間がかかる。

私としては、立ち上がってまた座るというトレーニングだけより、立位からすぐ控え室の車いすのところまで歩けるかどうか試す計画を練る時間が十分にとれる。

機能トレーニングでは、クライエントがある一つの機能で次のマイルストーンを達成する前に、より高次な機能を体験させることが重要である。そうすると、それ以前にはあまりに難しいと思われた下位機能の実施が容易になる。

写真26:ポイントの交渉

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今日、パスカルは立ち上がるときにあまり支えを必要とせず、力についてはほぼ一人で対応できている。私たちの肩につかまるのも、どちらかといえばバランスをとるためである。立位は、骨盤を片側だけ支えるだけでよい。

 

歩き出しは上手くいって、私の方はリズミカルな歩行で楽になるように心がける。パスカルは自分でも驚いていて、控室の車いすまで歩いてみることに同意してくれる。途中でまた痛みが増し、車椅子にたどり着くまでには説得を要する。

写真27:3月27日初めて歩けた

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パスカルは疲れ果ててやっと車椅子にたどり着き、しかも急いで座ろうとして車いすに脚をぶつけてしまい、これがまた痛い。泣きながら車いすの中に沈み込み、慰めてもらうことに。

疲れ果てていてすぐにベッドに戻りたいと言うが、説得されて屋外に出掛ける。

これから数日は歩行距離をのばすことに決めて、次回は廊下を歩くことにする。

車椅子からベッドへの移乗は、まだ安定せず、最小限の接触による援助を要する。

写真28:車いすまで頑張れそう?

パスカルは今回のトレーニング・フェーズの最後に、ときどき端座位から自分ひとりで立ち上がろうとしてみて結構上手くいくことがあると話してくれる。バランスを保ち続けることはまだとても難しく、歩行訓練では何歩か歩くだけで両脚に強い痛みが生じる。

2011年4月1日〜18日、介入の計画と実施

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もうすぐパスカルの16歳の誕生日、できれば近いうちにリハビリテーション・クリニックに転院できればと思う。それまでに歩行距離をのばし、力と協調運動のトレーニングをしたい。退院までには、ベッドから車椅子への自立移乗は確実に行えるべきである。神経障害に起因する疼痛は、徐々にではあるが着実に軽減している。パスカルは時々一人で車いすを操り、時には少々危険な下り坂を走り、天気が良いこともあって屋外で過ごすことが多い。平衡感覚に問題があって歩行時には不安を感じ、とても集中することが必要である。

写真29:一人で立ち上がり、一人介助で歩く

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立ち上がり方や歩行のサポート方法をいろいろ変えたり、異なる環境を歩くことは、バランスや協調運動を改善させるためである。

 

ときには笑ったり泣いたり、でも笑いと進歩することへの喜びが勝っている。私たちは常に限界までやることにしている。一度など、パスカルは疲れ果てて座るのが早すぎて ー 車椅子はまだそこには無く。私はパスカルの前を歩いていて、パスカルは私の両手を握っているだけなので彼を受け止めることができず、パスカルはしゃがむような姿勢で地面に倒れ込みそうになる。当然、痛みは強く、どこか怪我をしているかもしれないとパニック。

写真30:立ち上がって、すぐ横へ逃げるの?

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芝生の上の歩行はそれほど簡単では無く、それでも結構上手くいく。エリーが、Kletterburg(遊具のある小高くなった場所)を歩いて登っていけるかどうか絶対にテストするべきだと言いだして、決める。疲労困憊して、色々と怖いことがあって、でも実はそれほど難しくはない。いずれにしても、車いすで下り坂を走って下る方が、坂を歩いて登るよりも危険である。

写真31:立ち上がって、すぐ横へ逃げるの?

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パスカルの退院は、お誕生日後の予定になる。その前にヒックマンカテーテルを抜去するが、残念ながら合併症無しとはいかず、パスカルにとってはまた後戻り。それでも、お誕生日は屋外で祝うことができて、退院日も変更無し。

写真32:ほら、僕はやっぱりできた

経過と診断

今回のケース分析には、Viv-Arte®動きの診断表にMOTPA、ペインスケール、チェア・ライジング・テストを統合して経過の記録ツールとして使用し、写真で補完した。このように動きの診断表を拡張し写真も加えたことで、マニュアル・セラピー、機能トレーニング、各種体操で構成されるVAT®プログラムの有効性をしっかり記録することができた。

 

機能面からみた可動性の推移は、条件要素の変化およびそこから導き出される対策によって視覚化され、再現可能である。看護と医学との実効性をともなった学際的協力、VAT®看護師がパスカルと母親と一緒に動きの維持・改善について学習していくというプロセスが功を奏して、パスカルは機能面の可動性を部分的に回復し、生活の質を取り戻し、母親はあらためて希望を持てるまでになった。

選択可能な体位の推移

グラフ01

図33:選択可能な体位の推移

体位のセルフコントロールの推移

グラフ02

図34:体位のセルフコントロールの推移

複合機能を行うときのセルフコントロールの推移

グラフ03

図35:複合機能を行うときのセルフコントロールの推移

各機能のセルフコントロールに関する条件要素の経過

グラフ04

図36:各機能のセルフコントロールに関する条件要素の経過

130時間を費やしたことは正当化されるか?

当事者からすれば、必ずや正当化される。パスカルやターニヤと緊密に協力する中からVAT®のチーム・メンバーは多くのことを学び、人間として多くを得ることができた。

 

2011年4月18日付けのターニヤの発言。

「Viv-Arte®のプログラムによってパスカルは日を追うごとに動けるようになり、精神的にも安定していきました。初めの頃は激しい痛みがあり、それでもトレーニングは休むことなく毎日続けられました。パスカルは、始めるときにはいつも精神的な励ましを必要としていて、キルヒナーさんとバウダーさんは一日目からとても上手く対応してくれました。パスカルのケースに対する彼女たちのセラピーはとても充実していて、わずか数週間でパスカルの状態は改善し、ベッド上で自分で動くことができるようになりました。いまでは一人で座れるまでになり、サポートしてもらえば短い距離を歩くこともできます。私にとって、この運動プログラムは今でも奇跡のように思えます。もしこの二人が私たちの人生に現れてくれなかったら、パスカルは今、どこでどうやって生きていたか分かりません。

 

激痛があってもパスカルが毎日のセッションを楽しみにしていたのは、いつも色々と笑えることがあったからです。

 

医療のほかに、人と人とのつながりがどれだけ大切かということをその事は改めて教えてくれています。

母親の私にとってパスカルに関係する数々の成果だけが大きな意味を持つのかといえばそうではなく、私が日々お二人から得ていた計り知れない心理的、精神的なサポートもそうです。振り返ってみて正直に言えるのは、パスカルも私も "二人の天使 "がいなかったら、この長く困難な5ヶ月間をどうやって乗り切れていたか分かりません。」

考察

パスカルと母親、専門看護スタッフおよび医師が直面した身体的、心理的、社会的問題からは、ある種の無力さが見て取れる。

それはなぜか?

診断と治療は今日の医療、ケア、健康管理にとって不可欠な構成要素である。しかし、このパスカルのケースで求められるのはそれ以上のもの、即ち、人間というケースに取り組むだけの専門性が関係するすべての領域に備わっていることである。

医療やケアにとっての診断は、問題を識別し、そこから行為を導き出すために欠くことのできない要素である。ケア・アセスメントの場合、「何を、どのように、なぜ、その効果」を読み取ることができなければ意味を成さない。

複合的な問題の解決には、専門性に基づく行為が不可欠な要素となる。従って、担当看護師が行為の専門性と共感力を併せ持つことによってはじめて、ケア・アセスメントツールはクライアントにとって有用なものとなる。

参考文献

Bauder Mißbach, H. Seminarunterlagen Modul 1 bis 4, Viv – Arte – Verlag, 2010, 7. Auflage

Bös K.: Handbuch motorische Tests. Sportmotorische Tests, motorische Funktionstests, Fragebogen zur körperlich-sportlichen Aktivität und sport­psychologische Diagnoseverfahren. Hogrefe Verlag für Psychologie, Göttin­gen, 2001, 2., vollst. überarb. und erw. Aufl.

Brach M.: MOTA - ein Mobilitätstest für alte Menschen. Ergotherapie & Reha­bilitation, 1997, 1: 104–107.

Brach M.; Haasenritter J. Der MOTPA – ein Motorischer Test für Patienten im Akut-Krankenhaus, Vortrag, 2. Ulmer Fachtagung "Bewegung und Ler­nen" am 24.03. 2007

Haasenritter J. Eisenschink A. M.; Kirchner E.; Bauder-Mißbach H.; Brach M.; Veith J.; Sander S.; Panfil E.-M.: Auswirkungen eines präoperativen Be­wegungsschulungsprogramms nach dem für kinästhetische Mobilisa­tion aufgebauten Viv-Arte Lernmodell auf Mobilität, Schmerzen und post­operative Verweildauer bei Patienten mit elektiver medianer Laparotomie. Eine prospektive, randomisierte und kontrollierte Pilotstudie. Pflege, im Druck.

Eisenschink A, Kirchner E, Bauder-Mißbach H, Loy S, Kron, M.: Auswirkungen der kinästhetischen Mobilisation im Vergleich zur Standardmobilisation auf die Atemfunktion bei Patienten nach aorto-coronarer Bypass-Operation. Pflege 16, 2003, 205 – 215, Hans Huber Verlag

Eisenschink, A. M., Bauder – Mißbach, H.; Kirchner, E.: Kinästhetische Mobilisation, Schlütersche Verlagsanstalt, 2003

Isfort, M.; Weidner, F. et al. (2010): Pflege-Thermometer 2009. Eine bundesweite Befragung von Pflegekräften zur Situation der Pflege und Patientenversorgung im Krankenhaus. Herausgegeben von: Deutsches

Zitat von Seite 5: Institut für angewandte Pflegeforschung e.V. (dip), Köln. Online verfügbar unter http://www.dip.de, Projektleitung: Prof. Dr. Michael Isfort, Prof. Dr. Frank Weidner, Mitarbeit: Andrea Neuhaus M.A., Sebastian Kraus, Veit-Henning Köster, Danny Gehlen

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